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日本クラウン音楽会社~音楽サークル・身内大集合~東京の格安音楽企画

日本クラウン音楽会社

日本クラウンは昭和38年に設立されている。日本コロムビアで専務だった伊藤正憲が、銀行から就任した新社長に退任を求められ、それに反旗をひるがえして作った会社だった。日本コロムビアからは伊藤を募う部下がはせ参じ、日本コロムビア出身者10数名を戦力に、日本で7番目のレコード会社としてスタートした。伊藤の元には現会長の大物ディレクター斉藤明や、五木寛之の作品のモデルともいわれる馬淵玄三ら錚々たる連中が加わっている。歌手や作詞、作曲家の中には移籍をめぐ第5章レコード会社の現在、そして明日を探るつてコロムビアから訴訟を起こされながらも移籍してきた人たちも少なくない。北島三郎や五月みどりらであり、作詞家星野哲郎、作曲家米山正夫らがそうだった。こうして日本クラウンレコードは誕生した、という歴史を持っている。設立に力を貸しだのは、北九州市の建設会社・若築建設社長で、土建屋詩人といわれた有田一籌だった。資金的な面倒を全面的にバックアップし、クラウン社長にも就任している。その他、ブリジストンの石橋幹一郎、出光興産、三菱グループなどが株主として力を貸している。日本クラウンはレコード業界では「演歌のクラウン」と呼ばれている。資本金2億5000万円、社員250名。日本コロムビアから移籍無効の訴訟を起こされ、一時は空中分解するのではないかとも危惧されたが、創立翌年に西郷輝彦の「君だけを」が爆発的にヒットし、同社の経営基盤を安定させた。所属アーティストもキラ星のごとくだ。ざっとあげただけでもアローナイツ、イルカ、オセロ、かぐや姫、北島三郎、キムーヨソジヤ、西郷輝彦、水前寺清子、瀬川瑛子、鳥羽一郎、美川憲ニロスープリモスらがいる。ニューミュージック系では1969年に『クラウンフォークソングオーディション』を開催。翌年には新レーベル「パナム」を設立した。そして、その中から73年、かぐや姫の「神田川」が生まれ、その後の「赤ちょうちん」「妹」などのヒ″卜曲につながっていった。かぐや姫を解散した南こうせつは、「今日は兩」「夏の少女」「夢一夜」「愛する人へ」などを生み、一方、メンバーだった伊勢正三は。風″を結成して「22才の別れ」「ささやかなこの人生」を生み出した。伊勢が作詞作曲したイルカの「なごり雪」も名曲として人々の記憶に残っている。そんな時代を刻んできたかぐや姫だが、ポエーキャニオソから専属契約を打ち切られた南こうせっが、再び古巣のクラウンに復帰することになった。伊勢正三と2人でまた新しい曲を作ろうと意気投合しているという。戦後の日本演歌史とも深い関わりを持つことになった、日本クラウンレコードがこれからどんな方向をめざすのか。今後の動向は注目されていい。
激動するレコード業界
ミリオンセラーの暗闇
アーティストのリストラも開始
制作は外部起用が主流
拡大する音楽プロダクションの影響力
岐路に立たされたレコード業界
消えるレコード会社、生き残るレコード会社
ベストアルバムの功罪
現実となった音楽業界の倒産劇
本格化する音楽ソフトのネット配信
音楽界のネット通販の将来性
音楽のネット配信は普及するか?
スターデジオー00Sレコード業界
アメリカのネット配信事情
日本企業のCS放送進出
「MP3」、「メモリースティックウォークマン」
大手レコード会社幹部に聞く音楽事情
揺れる音楽著作権の概念
坂本龍一の「メディアーアーティスト協会」
音楽の著作権元管理は妥当か?
レコード会社各社の動向
音楽著作権の「在り方」の変化
多岐にわたって生じる音楽著作権問題
大手音楽出版社社長に聞く
イメージ通りか?音楽業界の仕事
音楽業界のレコーディングについて
音楽プロダクションについて
音楽出版社の実情
コンサートプロモーターについて
大物音楽プロデューサーに聞く音楽事情
生き残りを賭けて模索を続けるレコード会社
音楽業界、SMEの実情
音楽業界、東芝EMIの実情
ワーナーミユージックージヤパンの音楽事情
音楽会社、ユニバーサルミュージックの話
エイペックスの音楽ばなし
ビクターエンタテインメント音楽会社のはなし
ユニバーサルビクターの音楽事情
ポニーキャニオンという音楽会社
日本コロムビアという音楽会社
日本クラウン音楽会社
ティチクという名の音楽会社
フオーライフレコード音楽会社について
巨大産業となった音楽業界
ヒット至上主義からの脱却